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プラットホーム 人気ブログランキング | 話題のタグを見る 投稿内容 タグ ブログタイトル ウェブ全体 ログイン| ブログ開設・作成(無料) プラットホーム ブログトップ 祖父の認識 2026年 08月 09日 慶応3(1867)年生まれの祖父は「あんな所、行くもんじゃない」と満州行きに反対した。 アメリカには1軒に1台ずつ自動車がある。 この村には産業組合のトラック1台と、診療所のダットサン1台だ。 日本は戦争にもう3年ともたん。負けに決まっとる。 戦争に負けたら満州という国は日本の国じゃないんだ。 その祖父を日本へ置いてまで満州へ行くことになった決め手は 「うちに兵籍がないこと」だったという。 日清戦争以来、自分の家には兵隊に行った人がいなかった。 父親はそれを非常に気にしていたという。 その後ろめたさ・・・。 満州行きが決まった時、Y少年は「ごっつい誇らしく思いました」。 1944年3月。 下関から関釜連絡船へ乗るが、アメリカの機雷を避けながらの航行だった。 1945年8月9日、ソ連軍満州へ侵攻。 祖父の言った通りに日本は敗戦を迎え、満州という国はなくなった。 Y少年一家がいた開拓団は、300人近くが集団自決。 Y少年も家族を亡くし、ただ一人の引揚げとなった。 # by kinen330 | 2026-08-09 19:12 S君の発言 2026年 05月 24日 修学旅行でやってきた中学3年生約100人。 ワークショップではいつものように野中章さんの証言から質問を投げかけ、想像して答えてもらうというもの。 10歳で姉と二人だけで引揚げてきた章くん。 学校には弁当に茹でたじゃがいもを持っていき、机の下に入って食べた。 「みんなは白いご飯持って来るもんでな。わしは引揚げてきた貧しい生活だもんでな。」 質問は、このじゃがいもの味はどんな味だっただろう?というもの。 2~3人が答えてくれたところで、後ろの方の席で手があがった。 おお!S君! みんながざわつく。 S君は特別支援学級に籍を置くダウン症の少年だ。 普通学級にいる時は、よく寝ちゃっているらしい。 そのS君が手をあげて発言。 実は、自分から手をあげて発言する姿を、先生たちも初めて見た!と感激されていた。 このワークショップは、心と心の対話。毎回、真剣勝負だ。 満州で家族を失い、引揚げてきたふるさとには帰る場所がない。 「満州乞食」と言われた章くんの悲しみ、孤独、失望。 その心の‟痛み”を想像してほしい。 S君の心の琴線に何かが触れたのだろうか。 修学旅行という非日常の体験の中で、子どもたちは何かに覚醒し、心を震わせ、成長するのかもしれない。 その瞬間に出会えた嬉しいできごとだった。 # by kinen330 | 2026-05-24 18:14 もう一人の妹 2026年 05月 17日 逃避行の途中で産気づいた母親は女の子を産んだが取り上げた助産師が「みんなに迷惑になるから」と 顔も見せないまま首を絞めた。 『長野県満州開拓史 名簿編』には 両親と長男、長女、次女の名前があるが、 その後に名前もないもう一人の妹がいたのだ。 そのことを伝えたくてと、ご親族が来てくださった。 結局、ほかの子どもたちも亡くした母親は 戦後の中国で看護士としてしばらく病院で働き、 その後、中国人の男性と結婚して新しい家族を持つ。 1982年に永住帰国。 来館してくださったのは、新しい家族の長男夫妻だった。 「お義母さんから聴いていた」という逃避行の話を 自分のことのように片言の日本語で熱心に話してくださるのは、 中国人の奥様の方だ。 逃避行の中で次々に死んでいく子どもたちを「どこに埋めてきたのかも分からないって」と 目を赤くして話してくださる。 産み落とされ、命を断たれたもう一人の妹さんのことを 伝えるために来てくださった。 名簿にはない、もう一人の妹のことを。 # by kinen330 | 2026-05-17 19:31 高校生たちの漢字一文字 2026年 04月 25日 「悔」 中国の人たちは日本人が来たことで土地を奪われ悔しい思いをし、送り出した人たちも戦後は後悔した。「思」 軍部の思惑、満州へ渡った人たちの思い、中国の人たちの思いなど、いろんな人の思いがぶつかった。 「伝」 後世に伝えなければならないと思った。 「政」 やはり政治が根源だ。 「人」 教え子を義勇軍に送り出した教師の証言が印象に残った。どうすればその人は助かったのか。明確な悪意があった訳ではないのに、失敗した。結局、人は失敗してしまう。 「背」 満蒙開拓の背景を知った。背けづらい歴史だと思った。 「逃」 開拓団の人たちは日本から逃げ、満州でソ連から逃げることになった。 「希」 戦争の始まりは”希望”だったのかもしれない。 80人がセミナールームで満州に向き合う、濃密な時間だった。 満蒙開拓を漢字一文字で表すというワークショップ。 前に出てホワイトボードに漢字を書き、一人ひとりが受け取ったもの、感じたものを語る。 最後に、「国が騙して満州へ送り出したのに、なぜ裁判では原告が敗訴し国は責任をとらなかったのか」という質問があった。 戦争受忍論。国も司法も戦争の犠牲は国民が等しく負担すべきとの考えを示した。 開拓団も、空襲の犠牲者も、何の補償もない。 それでいいのか。 国のあり方としてどう思うか。 では、私たちはどのような国を、社会を創っていったらいいのか。 対話の中で、彼ら自身が主体的に平和な社会について考え始める。 そのために、歴史に学ぶ。 満蒙開拓は、さまざまなことを語りかけてくる。 # by kinen330 | 2026-04-25 11:58 巡る季節 2026年 04月 05日 「お父さんはいつ帰ってくるの?」「ちゃくらがちゃいたら(桜が咲いたら)」 Hちゃんは3歳になっていた。 周りの大人たちに無邪気に答えるおかっぱ頭の少女が目に浮かぶようだ。 父親は満州南部の工業地帯の街で小学校の教師をしていたが 1945年7月の末に現地召集を受ける。 この頃、南部は既に中国から飛んでくるアメリカのB29の爆撃を受けていた。 日本の敗戦は確実であり、満州も不穏な空気が渦巻いていただろう。 8月。妻と1歳の長女を残し、誰にも見送られず、ひっそりと出征。 後に、シベリア抑留となる。 Hちゃんは終戦翌年、1946年3月末に誕生する。 母親は幼い娘と大きなお腹をかかえ、ソ連軍、中共軍、国府軍が入り乱れる街で 難民生活を余儀なくされる中、Hちゃんを出産。 2人の幼子を連れて命がけで引揚げてきた。 夫の消息はしばらく分からないままだった。 「ちゃくらがちゃいたら」 この季節を何度迎えたら、帰ってくるのだろうか。 今年こそは。 Hちゃんの言葉は、母親の切なる祈りだったのだろう。 父親は昭和24年9月、4年間の抑留を経てようやく帰ってきた。 # by kinen330 | 2026-04-05 12:17 12345次へ >>> 満蒙開拓平和記念館の非公式ブログ。記念館にまつわるよもやま話を綴ります。 by kinen330 プロフィールを見る 画像一覧 新着記事を受け取る カテゴリ 全体 未分類 以前の記事 2026年 08月 2026年 05月 2026年 04月 2026年 03月 2026年 02月 2025年 12月 2025年 10月 2025年 08月 2025年 06月 2025年 05月 2025年 04月 2025年 03月 2025年 02月 2025年 01月 2024年 12月 2024年 11月 2024年 10月 2024年 09月 2024年 08月 2024年 07月 2024年 06月 2024年 05月 2024年 04月 2024年 03月 2024年 01月 2023年 12月 2023年 11月 2023年 10月 2023年 09月 2023年 08月 2023年 07月 2023年 06月 2023年 05月 2023年 04月 2023年 03月 2022年 12月 2022年 11月 2022年 10月 2022年 08月 2022年 07月 2022年 06月 2022年 05月 2022年 04月 2022年 03月 2022年 02月 2022年 01月 2021年 11月 2021年 10月 2021年 09月 2021年 08月 2021年 07月 2021年 06月 2021年 05月 2021年 04月 2021年 03月 2021年 02月 2021年 01月 2020年 12月 2020年 11月 2020年 10月 2020年 09月 2020年 08月 2020年 07月 2020年 06月 2020年 05月 2020年 03月 2020年 02月 2020年 01月 2019年 12月 2019年 11月 2019年 10月 2019年 09月 2019年 07月 2019年 06月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 02月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 10月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 外部リンク www.manmouki... 最新の記事 祖父の認識 at 2026-08-09 19:12 S君の発言 at 2026-05-24 18:14 もう一人の妹 at 2026-05-17 19:31 高校生たちの漢字一文字 at 2026-04-25 11:58 巡る季節 at 2026-04-05 12:17 記事ランキング S君の発言 修学旅行でやってきた中学... 祖父の認識 慶応3(1867)年生ま... 土曜セッション 「有ったことを 無かった... 高校生たちの漢字一文字 「悔」 中国の人たちは日... もう一人の妹 逃避行の途中で産気づいた... ブログジャンル 画像一覧 XML | ATOM Powered by Excite Blog 会社概要 プライバシーポリシー 利用規約 個人情報保護 情報取得について 免責事項 ヘルプ ファン申請 ※ メッセージを入力してください